2018/1/14

  すべての決着はついた。また失恋の痛手に悶え苦しんでいる。何もかも忘れるために図書館に来た。しかしどうもできそうにない。人は過去に拘泥しないでは生きられない。少なくとも僕はそうみたいだ。こんな時は自己啓発本めいた文句が思いつく。失ったものがあるから今を大切に思える。もうままならない過去ばかり見つめている僕から出た言葉とは思えない。考えが二転三転する。ちょうど昨日彼女を小説にしようと思った。でも今は書くのもアホらしくなってしまった。綺麗に言うなら嘘にしたくない。虚偽を混ぜたくない。さっき彼女とのLINEの履歴を消した。DMの履歴はまだ削除できなかった。もう関わらないと決めた。嫌われているから。臍を固めた。はずだったのだがその舌の根も乾かぬうちに頭は彼女に占有された。窃視の欲望がある。SNS時代だ。それは容易い。僕はそういういわゆるネトストをよくやった。だが今ではそれもみっともなく思える。他にやることがある。未来がある。僕を取り巻く環境は以前よりも格段に良くなった。馬の合う友人がいる。夢がある。はるかに世慣れた。本も読んだ。だから燻ってちゃいけない。僕は僕の道を歩き出さなくちゃいけない。頭の中にアニソンの歌詞が流れる。こんな世界に残された僕は一人何を思えばいい、だとか。朝が来れば笑えるだろうかあの日のように笑えるだろうか、だとか。質問箱で以前届いたこんな言葉を思い出す。お前はいつも被害者ぶっていると。喧嘩別れした後輩に言われた言葉を思い出す。あんただけがつらかったり悲しいわけじゃない、押し付けるな。と。どちらもその通りだ。23年生きてれば魯鈍な僕でもさすがにわかる。一つ思ったことがある。最近ベルセルクのアニメ版を見返した。ガッツは言う。グリフィスの横に立つためにはあいつの夢にすがってちゃいけない。俺は俺の戦いをする。そしてガッツはグリフィスの元を去る。物語の解釈をしたいわけではない。言葉だけを抜き出してみる。僕は生きていなかった。彼女に縋っていた。初めは違ったかもしれない。だが僕の悪い癖が出た。いつからか生きていなかった。投げ出していた。それだけはわかった気がする。もう彼女は別の世界で生き始めた。二度と交わることはないと思う。これまで色々な人との別れを思い出しながらそう感じる。アニメのセリフに感化されるのはいかにも人間が安っぽいが僕も僕の戦いに赴こうと思う。彼女のことは忘れない。というか忘れられない。だけども止まることはできない。せめて彼女の幸せを頭の片隅で願いながらどうにかまた歩いて行こうと思う。

ああそれにしてもセ○クスがしたい......!

 「自分は女に飢えている。」この書き出しから始まるのは武者小路実篤の小説「お目出たき人」である。僕も女に飢えている。3月某日に女を知ってというもの、もう丸半年も女の肌に触れていない。というかろくに女と喋ってすらいない。それもこれも公的抑圧が悪い(詳しくは下記参照)。

 

pkd-straysheep.hatenablog.com

 

 奴のせいでいまだに例の彼女との関係は最悪である。僕のツイートはミュートされており、たまにクソくだらないリプライを送ってみるが反応のあったためしがない。DMで水面下の交渉を続けているが、会う約束はもう三回も反故にされた。まるで冷戦だ(ブログの件以後、彼女との一ヶ月の禁酒の約束を破ったり、オフパコ関連のキモいツイートを連発して彼女にリムーブされたりはしたが、そんなことは瑣末事だ。僕には何の咎もないはずだ。全部公的抑圧が悪い。)。彼女と会うことはもう二度とかなわないかもしれない......。

 というわけでセックスしようにもパートナーがいない。ところでこれは僕のブログである。現実はままならない。クソだ。クソの塊だ。だが妄想なら何とでもなる。そこでいっちょ僕の貧困な想像力を働かせてみる。

 やはり手軽なのはインターネットだ。女性フォロワーも増えてきた。手当たり次第「オフ会しませんか?」とDMを送ってみたら何人かは会ってくれるだろう。しかしツイッターのナオンには彼氏がいる。この率は僕の界隈では100%に近い。まず良い雰囲気になることはないだろう。現実は非情である。しかし今ここは僕の妄想である。なので彼氏のいないメンヘラナオンと会うことにする。待ち合わせはどこにしようか? あいにくと僕は東京の地理に明るくない。とりあえずツイのナオンのよく行きそうな池袋にしよう。場所は池袋だ。季節は夏が良い。午後3時。向こうから彼女がやってくる。服装は白無垢のワンピースだ。僕の好みに合わせ黒髪のミディアムで童顔のBカップである。そこ! キモオタくさいとか言うんじゃない! 

 「ごめんなさい。あの、待ちました?」

 「うんうん、全然待ってないよ。じゃあ行こうか。」

 僕らは微笑みあいながらオシャレなカフェに入る。僕はオシャレなカフェに入ったことがないので内装の描写は勘弁してほしい。とにかくオシャレなカフェだ。オシャレなカフェだがそこは喫煙者の僕に配慮して煙草が吸える。しかも立ち込める煙草の煙に誰も嫌な目つきで睨めつけたりしない。なぜならこれは僕の妄想なのだから。

 たあいない雑談をいくらか交わしたのちオシャレなカフェを後にする。日も暮れかけ僕らはバルに入る。なんとなくオシャレな響きがするからバルと言ってみたが酒が飲めればなんでも構わない。ようは酔わせりゃ勝ちである。そしてここで僕の伝家の宝刀頭ポンポンが炸裂する。(詳しくは下記の公的抑圧のブログ参照)

 

俺も救われるだろうか? - 妄想サンバ

 

 バルを出る頃にはもう二人は恋人気分である。僕は彼女の手を握る。彼女は僕に肩を預けてくる。

 「えへへ酔っちゃった~」

 そして二人の足はごく自然にホテルへと向かう。部屋に入ると彼女はおもむろにデパスを取り出す。彼女は4粒押し出しそれらを手洗い場の水で飲み、僕にも勧めてくる。

 「あ~なんかふわふわしてきちゃった。服脱いじゃうね。」

 薄いピンク色の下着姿になった彼女の肢体には生なましい切り傷が無数に刻まれている。僕も下着姿になり二人はベッドへと飛び込む。彼女は僕に首を締めるように要求する。僕は恐々としながら彼女の首に手をかける。生唾を飲み込む。少しずつ指に力を込めていく。

 「もっと強く締めていいよ」

 頭がクラクラする。彼女の身体は白く現実感を喪いまるでマネキンのようだ。顔だけが赤く存在を主張している。今何時だろう? ふとそんなことが頭によぎる。彼女の表情には恍惚と苦悶が入り混じっている。前髪の生え際のあたりから汗が流れ出す。かすかに彼女の体臭が鼻をかすめる。次の瞬間彼女は僕の脇腹を思いっきり何度も強く叩きつける。僕はそれがギブのサインだとわかり指に解放の指令を送る。彼女は息を一度大きく吸い込みそれから堰が切れたように嗚咽した。どうやらやり過ぎてしまったらしい。

 「ねぇ......なんで生きなくちゃならないんだろう......?」

 彼女の涙はいつからか本降りになり僕は彼女を抱きしめる。その刹那僕は思う。彼女は僕が守らなくちゃならない。なんか初恋の女の時もこんなことを思って手痛いしっぺ返しを食らったような気がするが今は気にならない。そうだ! これが真実の愛だ! 僕はついにたどり着いたのだ。世界にはもう君と僕しかいない! これからは二人で暮らそう。嫌なこともつらいことも死にたい夜も全部まとめて抱きしめてあげよう。僕らは、僕らは、僕らは......!

 

 

 

 ............今僕はパソコンのモニター以外明かりのない室内でキーボードを打っている。

 

 ああそれにしてもセックスがしたい......!

俺みたいにはなるなよ

 8/26に院試があったので名古屋から上京した。僕はいつもフォロワーのシェアハウス(迷惑がかかる可能性があるので名前を伏せます)を定宿にしている。疲れていたし他のフォロワーたちと23:00から飲む約束をしていたので、シェアハウスで睡眠薬を飲んで仮眠を取りたかった。だが運の悪いことにその日はシェアハウスで勉強会が行われる日で、20人ぐらいの人々がクーラーの効かない室内をひしめき合っていた。実はそのシェアハウスは政治色のかなり濃い場所で、集まった人々は皆なんらかの政治的主張を持った若き政治青年たちである。ポンコツ文学青年の僕としては、これはまた場違いなところに来てしまったなあと思いつつも、周りの空気に流されて、末席に連なりちょっと見物をすることにした。発表自体はとても興味深かったのだが、ほとんど知り合いがいないので気まずいなあと思っていたところに、また他のフォロワーから飲まないか?とDMがやってきた。これは渡りに船と思い、熱気に包まれる会場からひっそりと抜け出し、しばらく駅前の居酒屋で一杯やった。これがいけなかった。

 相方は1時間ほどで帰ってしまったので少し予定を早め、22:00すぎ頃に飲みの約束をしていたフォロワーを呼び出した。酒盛りは大いに盛り上がった。ところで、僕は決してお酒には強くない。結構イケる口ではあるのだが、いつも限界を超えて飲んでしまう。記憶を飛ばすこともしょっちゅうで、23歳にして酒の失敗は数え切れない。この日もこの二軒目に入ってから1時間以後の記憶がまったくない。あとから聞いた話によると、フォロワーを思いっきり蹴り飛ばし、大声で「だんご大家族」の歌詞のだんご部分をすべてまんこに変えた「まんこ大家族」を歌ったりして、店員に追い出されたそうだ。ここまでは良かった。

 

 次に意識が戻った時、僕はマンションの踊り場で4人の警官に囲まれていた。頭脳明晰な僕は瞬時に状況を理解した。がさ入れだ!!!

 

 シェアハウスに戻ってきた僕はなんとがさ入れの現場に遭遇してしまったのである。さきほども書いたように今シェアハウスの中には運動家たちがたくさんいる。部屋をあらためられてしまったら最後、今後の彼らの活動がやりにくくなることは間違いないだろう。逮捕者も出るかもしれない。卑劣な国家権力め。深夜に押しかけてこんなだましうちのような形で、少しでも社会を良くしようと日夜努力している政治青年たちを無実の罪で塀の中に入れようというのか! この世界は狂っている! 恥を知れ!

 この時の僕は間違いなくメロスだった。いやセリヌンティウスかもしれない。ここで僕が人身御供になれば彼らを守ることができる。そう閃いた僕は彼らにあえて捕まることにした。パトカーに乗せられ警察署に連行されたようなのだが、どうもこの時の記憶は明瞭ではない。警察署では苛烈な取り調べを受けた。何かよくわけのわからないことを警官たちは言ったが、僕は断じてシェアハウスのことは黙秘した。ついには所持品もすべて没収され、独房のような場所に連れて行かれた。独房には硬いマットレスと薄汚い毛布しかなく、外から鍵がかかっていた。しかしこの状況下にあっても僕は自分が誇らしかった。友人を、そして多くの前途有望の若者たちを守った。僕は自分に勲章を与えてやってもいいと思った。

 翌午前10時、名古屋から母が来て僕はたくさんの警官に囲まれながら釈放された。そして母に自分の義の行いを得意顔で語った。しかしなぜか母は悲しげだった。母の返した言葉は驚くべきものだった。

  「さっき警察の人に全部聞いたんだけど、実際にあったことは君の言ってる話とは全然違うの......」

 

 真相はこうだ。僕がいたビルは実はフォロワーのシェアハウスの隣のビルだった。僕が「開けてくれよ~!!!」と明け方騒いでいるのを見かねた住人が110番した。実はがさ入れなんて最初から無かったのである。住人が告訴しなかったから良かったものの、もしも訴えられていたら住居不法侵入で前科一犯である。世界よごめん、狂っていたのは俺の頭の方だった。母は執拗に僕を名古屋に帰らせたがったが僕は真相を知ってもなお帰りたくなかった。まだ今日の飲み会の約束が残っている。

 シェアハウスに帰りこの話をしたらみんな呆れ果てていた。どうやら僕の声は隣のビルから届いていたようである。だったら誰か助けてくれよ。

 それから睡眠薬を飲んでしばらく眠った。13:00からフォロワーの公的抑圧と大槻ケンヂ縛りのカラオケをする約束をしていたが、公的抑圧から連絡を受けた住人に叩き起こされた時刻は14:30である。眠い目をこすり約束の御徒町に向かった。乗り換えの神田駅で缶コーヒーを買って飲んだ。これがいけなかった。

 どうやら昨日の酒が残っていたようである。口を抑えトイレに駆け込んだ。間に合わなかった。しかもを口を抑えていたせいで全身がゲロまみれになってしまった。僕は個室に駆け込みパンツ一丁になって泣きながら公的にDMを送った。頼む。服を買ってきてくれ。ちなみにその時着ていた服は太宰治の顔と「I'm sorry I was born.」という文字が印刷されたイカしたTシャツである。顔面ゲロまみれになった太宰はいつにもまして憂鬱そうな顔をしていた。

 公的とのカラオケは楽しかった。すべての嫌な出来事を忘れさせてくれた。大槻ケンヂのサーチライトを歌った。その曲にこうある。

俺みたいになるなよ

俺みたいになるなよ

俺みたいになるなよ

俺みたいにはなるなよ

鬱は抜けられるか? 前編

前回のブログは思った以上に反響があり(というか半ば炎上して)、僕に対してのネガティブな書き込みも多数見受けられ、かつての僕ならば酒と薬に頼って今は人事不省になっていてもおかしくはないほどの盛り上がりを見せてしまった。読者の期待する内容はきっと前回のブログと関連のあるものに違いない。だけれども、そもそもこのブログは僕の書きたいことをダラダラと、たとえつまらなくとも書き綴ることを目的として始めたものなので、今回は鬱病をテーマにいっちょ書いてみようと思う。

僕は現在鬱病の治療を受けている。2016年3月からメンタルクリニックに通っているのでもう1年とちょっとになる。実は最近はかなり快方に向かっているという実感があり、薬も徐々に減薬の段階に入ってきている。僕はなぜ立ち直ることができたのか? また鬱は本当に抜けられるのか? この問題に入る前段階としてまずは僕が鬱になった原因から書いていこうと思う。

僕が鬱になった原因は失恋である。いやこれだけでは正確ではない。僕が失恋したのは2015年10月頃のことであったが、まだその頃は死にたいなどとは露にも思っていなかった。僕が失恋した相手は大学の先輩だった。僕にとっては初恋で、もう彼女無しには人生を考えられないほどに熱を上げていた。10月頃の失恋は確かにつらかった。一週間ほど酒浸りになりゼミもその週は欠席した。僕は忘れらなかった。永遠の女性だった。

そんな中でも時は過ぎていって、ついに彼女の卒業式がやってきた。卒業式で僕は彼女に勇気を出して「一緒に写真撮りませんか?」と声をかけた。彼女は承諾した。僕は無邪気にそのことを喜んだ。ずっとこの言葉が言いたかった。僕らの仲は以前とは比べ物にならないほどぎくしゃくしてしまっていたが、この言葉さえ言えればすべてがチャラになる気がしていた。

僕はゼミの教授と親しかったので彼女のゼミの飲み会にも参加した。そして二次会のカラオケ。彼女と僕の仲の良い先輩、それにもう一人初対面の先輩を交えて4人で一夜を過ごした。歌は歌わずに主に四年間の思い出話が語られた。彼女がふとこぼした。「私~1年の頃に漫研に入ってたんだけど学園祭でコスプレとかしちゃって、男の先輩に写真撮られたんだよね~。あれ今思うとマジで消してほしいな~。」そして彼女は僕の顔を覗き込みこんなことを言った。「◯◯くんも今日撮った写真、絶対消してね!」

僕の中で何かが壊れた。僕はせめて彼女と笑って過ごしたその思い出だけを大切にしてこれからの人生を生きていこうと、忘れられない、だが忘れなければいけない、その激しい葛藤の中で、それだけを頼りにやっていこうとしていた。それを踏みにじられた。「私の四年間に位置を占めないでほしい」そんなことを言われた気がした。

僕は朝6時の名古屋駅で一人泣きながら写真を消した。涙が次から次へと溢れて止まらなかった。僕は衝動的に彼女のTwitterとLINEをブロックした。次の日先輩の勧めもあって彼女に電話した。僕はウイスキーを浴びるように飲み泥酔していた。会話の内容は覚えていないが僕は激怒した。電話を切ったあと彼女から謝罪のLINEがきた。そこから幾通ものやりとりがあったが結果は芳しくなかった。僕は絶望した。やりきれない気持ちと自己嫌悪と希死念慮だけがそこにあった。

「死にたい」そう一日中思う日々が何日も続き、まったく本を読めなくなってしまった。僕は一個の廃人だった。まずいと思った。今まで僕の人生はほとんど失敗続きだった。中高大と黒歴史は両手で収まらない。その度に乗り越えてきた。だがそんな僕でも今回ばかりは駄目だった。何もできない。頭は悲しみと憎しみと虚しさでいっぱいだった。僕は人の手を頼ろうと思った。真っ先に思いついたのはメンタルクリニックだった。

と、ここまで書いてみて思いの外長くなってしまったので続きは次回に回そうと思う。鬱病への言及が少なくなってしまって申し訳ない。これではタイトル詐欺だ。次回ちゃんと書くので許してください。

オフパコ、そして破滅

実はフォロワーに黙っていたことがある。

2017年3月17日僕は童貞を卒業した。オフパコだった。詳細はここには書かない。まずはこのブログを読んでくれ。

 

unknown-rainbow.hatenablog.com

 

このブログは僕のフォロワーの公的抑圧によるものである。ここに出てくるEとは僕のことでありYは椅子倉だ。界隈のフォロワーであればこれらは一目瞭然である。この記事を公的抑圧が投稿した時、正直言って僕は非常に面食らってしまった。ここに書かれている赤裸々な童貞喪失体験はあくまで酒の席でのオフレコであり、確かに僕は公的と椅子倉に「Twitterには書かないでくれよ(笑)」と忠告しておいたはずである。まずいと思った。僕が童貞ではないことがフォロワーにバレてしまうことは別に良い(僕は童貞喪失して以来童貞芸をやめていた)。本当にまずいのは僕のオフパコ相手である彼女(以下彼女)にこのブログを見られてしまうことだ。彼女は公的のフォロワーだった。彼女がこのブログを目にする可能性は大いに有り得る。僕はすぐさま公的にDMを飛ばした。

「ブログを消してくれ! いや消さないでもいい、せめて彼女をブロックしてくれ!」

 

 

 

......結論を言おう。僕のこの裏工作は一足遅かった。公的はこのブログを投稿した後、あろうことか風呂に入っていたのである!!

 

彼女からDMがきた。「◯◯、上のお口ガバガバかよ」

僕の頭は真っ白になった。これはよくない。大変よろしくない。怒っている。明らかに怒っている。この前まで真性童貞だった僕でもわかる。僕は探りをいれることにした。

「怒ってる?」

「ん?◯◯は賢いのだから自分の頭で考えて」

ダメだ......。いつもの気の抜けた彼女の文章ではない。とりあえず一刻も早く詫びをいれよう。優しい彼女のことだ。誠心誠意謝ればきっと許してくれるだろう。この時の僕はまだそんな甘いことを考えていたのであった。

だが彼女の返事はそっけなかった。「今日はひとまず寝る。」書かれていたのはそれだけだった。睡眠薬で薄れ行く意識の中、僕は思った。「明日が勝負だ。まだ逆転できる。考えてもみろ。これまで上手くやってきたじゃないか。とにかく明日だ。明日しっかりと気持ちを伝えよう......。」

僕は想いをしたためた。まだ出会う前Skypeで話したこと。初めての夜。名古屋に帰ってからもいつも脳裏にあったこと。毎日のDMのやりとり。そして一昨日の再会。すべてが楽しい思い出だった。僕にとっては初めてのことだった。たった一ヶ月間の甘くて淡い夢のような日々......。

彼女は僕を許さなかった。僕は泣いた。新宿の公園のベンチ。陽射しの強い正午の公園は幸せそうな人々で溢れていた。僕は震える指でタバコに火をつけた。思い切り吸い込んで吐き出す。涙が止まらなかった。向こうから公園の警備員が近づいてきた。「こんにちは。ここ禁煙だからね。あっちの水の広場で吸ってくださいね。」僕は力なく答えた。「はい。すいません。」

満身創痍で名古屋に帰った僕はもう一度だけ彼女に電話をかけた。結果は変わらなかった。彼女は言った。「元のフォロワー同士の関係に戻りましょう。」僕は承諾した。しかし、僕は耐えることができなかった。彼女のHNを見る度、彼女のアイコンを見る度、涙が頬を伝った。僕は彼女をブロックした。僕はどこまでも卑怯だった。

 

これが事の顛末である。読みやすいように細部は省略した。このどうしようもない話はそれでもある種の教訓を含んでいると思う。「セクシャルな話を他人にしてはならない。」当たり前だと思う読者も多いかもしれない。だが僕は喋ってしまう人間である。今回だけではない。僕の宿痾なのだ。どうしてもあけっぴろげに喋ってしまう。僕は人格破綻者だ。まともな理性を持った人間ならば決してこんなことはしなかっただろう。酒のせいと思うかもしれない。だが僕は酒無しでも喋ってしまうのである。もう本性なのだ!  俺はろくでなしなんだよ!!!

彼女は言った。「全部コンテンツにするためにやってたんじゃないの?」違う! 決してそんなつもりじゃなかった! 僕は真剣に君に恋していた!! 嘘じゃない嘘じゃない嘘じゃない嘘じゃない......。

いやいやいやちょっと待ってよ厭世詩家くん。君、そんなこと言いながらフラれた直後に「失恋しました(3年連続3回目)」とかツイートしてたし、昨日キャスでこのこと喋ってたし、現に今君、ブログに書いちゃってるじゃないwww

あ............いやまあ、うん。そうかもしれない。

ところでこの問題ってさ、ぶっちゃけ公的抑圧が全部悪くね??? 公的抑圧許せねえ!! 公的は早く大学に入って俺に女を紹介しろよな。自殺なんかしたらぶっ殺すぞ。                                                                       

葉桜の森の満開の下

今更言うまでもないが僕の大学生活は青春とは程遠い。海水浴、夏祭り、スキー旅行、クリスマス、etc...やりたいことはたくさんあったがどれも果たせてはいない。5年間も通ってやってるのに何たる仕打ちか。しかしながら昨日ついに花見だけはやることができたのでそれでも青春とは程遠い僕のグダグダな花見についてちょっと書いてみようと思う。

舞台は鶴舞公園。名古屋では桜の名所の一つに数えられる。上空から見た形がモンスターボールに似ていることから一時はポケモンGOの聖地として話題になり、もしかしてこちらの方が有名かもしれない。後輩の「花見やりましょう」の一言からこの企画は始まったわけだが、僕の灰色の青春にふさわしく鶴舞駅で待っていたのは野郎3人。実は女子も一人参加する予定だったのだが3時間も遅刻してきたのでスタートはこの4人である。

コンビニでしこたま酒を仕入れいざ場所取りに赴く。もう桜はほとんどが葉桜になっていてシーズンは過ぎていると思うのだが流石は桜の名所。大勢の人で賑わっていたがなんとか場所は確保できた。そこからはもうめちゃくちゃである。飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。話は藤田嗣治の戦時中の態度や自然主義文学、村上春樹の『騎士団長殺し』に大江健三郎の初期長編にまで及びとにかく退屈はしなかった。13時から19時までは飲んでいたと思うので都合6時間。ほとんど記憶がない。そこからさらに居酒屋へ河岸を変え21時まで飲みなおしカラオケへとしけこんだわけだがすでにゲロは5回は吐いていたと思う。

余談だがナンパもやった。「男だけで飲んでるんですがお姉さんたち一緒に飲みませんか?」と女子1~3人でいるところに片っ端から声をかけた。悲しきかなモチのロンすべて玉砕である。泥酔キモオタクから声をかけられたお姉さんたちも堪ったもんじゃなかっただろう。19の時にも同じ場所で先輩たちとナンパを敢行したことがあったのだが、「今何してますか?」というわけのわからない声のかけ方をやってしばらくは先輩たちからバカにされ続けた。その時のコミュ障っぷりに比べれば格段の進歩があったのではないかと思う。

家に帰ってからも4回ぐらい吐いた。1時半には寝たと思うのだが翌朝目覚めてもまだ気持ちが悪い。また吐いた。そして寝た。月曜日は唯一講義を受ける大切な日だったのだがやってしまった。2回目から自主休講である。卒業できるのか俺。

それはともかく花見は良いものである。酒を飲む。なんだかその行為が正当化されているようにも感じる。プラトンの『饗宴』じゃないけれどこれからも酒を飲んで文学や人生について語り明かすことは飽きてしまいたくない。そう思わせてくれた。俺の青春。これでいいのだ。

読書会のすゝめ

今回の記事は筒井康隆の例の騒動とで迷ったのだが、Twitterやキャスやで散々喋ったので、当初から書こうと思っていたこっちを書くことにする。

僕は最近読書会に定期的に参加している。結構大規模な読書会コミュニティで東京にも支部があるので、この記事を読んで興味を持った人にはぜひ参加してみることを勧める。参加者に僕のTwitterアカウントやこのブログを補足されたくないので、直接は書かないが「名古屋 読書会」で検索すると一番上に出てくる「猫◯倶楽部」が、僕の言うそれである。

読書会とは何か? もしかして参加したことのない人からは馴染みの薄い言葉かもしれない。読書会とは決められた課題本をみんなで読んできて感想や意見を共有する会であると、一般的には定義づけられるであろう。勉強会よりは敷居が低く、あくまで趣味の延長線上で、会話を楽しむことをその主目的とすると、付け加えてもいいかもしれない。

今僕たちが何か勉強しようと思う時、一番手っ取り早い方法はその分野に関する本を読むことである。関心の度合いによってはWikipediaで事足りることもあるかもしれないが、やはりネットの情報はあくまで加工された二次的な資料であり、正確で本質的な情報を得るには一次資料にあたることが求められる。そうやって一人で勉強することはできる。しかしそれには限界があると僕は感じている。早い話が書物との対話で得られる知識や認識は、限られているだろうし、そのままでは役に立たない。文章にするにせよ、発話するにせよ、抽象的なイメージを他者の理解可能な言語に落とし込む必要がある。

その際に僕は本に関しての他者との会話が助けになると考えている。大学は講義を聞きに行く場所ではない。本を読み、教授や学生と、それらの本に関しての会話をすることで、達意可能な生きた学識を身につけていく場所である。また殊に人文系の学問の解釈は一通りではない。だがどうしても自分一人の読書だけでは一つの解釈に凝り固まることが往々にしてあり得る。他の解釈を知るためにも他者との会話は重要なことである。では実際的にそういった場所の選択肢は僕たちにいくつ与えられているだろう。

まずは大学に所属することである。同じ本を読んでいる友人を作ることは比較的容易い。また専門の教授もいるし学会もある。学会は本に関しての会話ということでは役に立たないが、教授や院生による現行のアカデミズムの最前線にある研究成果を聞くことができる有意義な場所である。だが大学を卒業してしまうとなかなかそうはいかない。同じ本を読んでいる友人を見つけ出すのは困難だ。そこで読書会の出番である。

僕の参加している「猫◯倶楽部」の参加者は30~40代が主要である。僕のような大学生は珍しい。彼らの話を聞いていると、職場で同じ本はおろか本を読んでいる人自体がそもそも稀有である。一つには社交の場、コミュニティとしての機能を果たしていると言えるだろう。この「猫◯倶楽部」では何を話すのも自由だが「他人の意見を否定してはならない」というルールが一つだけある。このルールが面白いと僕は思う。先に書いた学会などは、あるいはいわゆるマウンティング合戦であると評してもいいかもしれない。だが「他人の意見を否定してはならない」という「猫◯倶楽部」の読書会は、必然的に多様な意見の出やすい環境になっている。これが僕たちの視野狭窄を緩和してくれる。読書会の一番のメリットはここにあると思う。

もちろん選択肢は一つではない。この「猫◯倶楽部」を主催しているTさんに面白いことを聞いた。批評家の東浩紀が「ゲ◯ロンカフェ」の何かの放送で酔っ払って「猫◯倶楽部」のことをdisっていたというのである。発端は東浩紀が「純文学系のイベントで人を集めるのは難しい」とTwitter上で発言したのに対し、「猫◯倶楽部」のベテランリピーターであるNさんが、「「猫◯倶楽部」はこれだけ集めた実績がある」と返信したことにあるらしい。はっきり言って両イベントは大前提として需要が大きく異なっていると思うので、これはニュートラルに見て東浩紀の側の分が悪いと思う。

それはともかく、「ゲ◯ロンカフェ」もまた現代における人文学を勉強したいと望む人たちの寄る辺だと言えよう。「猫◯倶楽部」と比較するならば、端的に言うとこっちはガチでありやや敷居が高い。また友人を作るのが難しいのが難点であるだろう。だがこれも選択肢の一つであることには間違いない。選択肢は多ければ多いほど良い。また複数選ぶこともできる。そうした選択肢がこれから一つでも増えることを切に願っている。